このメディアを立ち上げた当初、記念すべき1記事目に書いたのが「台湾原住民の基礎を知ろう」という内容だった。あれから3年。ありがたいことに、彼らの部落(集落と同義、社とも言う)を訪ねてフィールドワークをさせてもらい、当事者の方々や研究者に話を聞く機会にも恵まれた。本記事は、過去の入門記事をアップデートするために書こうと試みたものである。過去の記事は文化や基本情報を中心に整理してきたが、呼称をめぐる運動の背景や、歴史・政治的文脈については十分に踏み込めていなかった。
台湾原住民族を語る上で様々な切り口があることに留意しつつ、「もし、わたしが台湾原住民を語るなら」という語り口で記事を3つのテーマに分けている。
気軽に読みたい方には、ライト版の記事を入口としてすすめたい。
なお、本稿では台湾における公式な呼称にならい、基本的に「原住民/原住民族」という表記を用いる。その理由はこちらの記事を一読いただきたい。
執筆にあたり参照した文献については末尾に紹介している。
台湾原住民の暮らしと文化
台湾原住民族の文化はというと、「伝統」「民族衣装」「祭り」といった見た目のわかりやすさで語られがちだ。しかし実際には、それらは固定された過去の遺産ではなく、日々の暮らしのなかで少しずつ形を変えながら受け継がれてきたものでもある。
ルーツを纏う
言語やトーテム、祭儀の形式は民族や部落ごとに異なり、同じ民族名のもとでも驚くほど多様だ。筆者のルーツがあるアミ族も花蓮県のアミ族と台東県のアミ族で言葉、祭事の形式、伝統衣装が異なっていたりする。個人のアイデンティティも、「〇〇族である」こと以上に、どの部落に生き、どの祭りや慣習を受け継いできたかが、自分自身を形づくる大きな軸になっている。

各民族の代表的なトーテムパターン(原住民族語言線上辭典より)
伝統衣装は、単なる民族的な装いではない。使われる素材や色、文様には、年齢や性別、婚姻の有無、祖先との関係など、さまざまな情報が織り込まれてきた。苧麻を使った服や刺繍は、日常着でもあり、祭りや儀礼の場では社会的な意味を持つものでもあった。最近では、衣装を一から作り直したり、現代的に再解釈したりする動きも広がっている。それは安易な懐古主義からではなく、先人たちが積み重ねてきた”生きる知恵”に敬意を払い、ルーツを捉え直すことにもつながっている。

各民族の衣装にはそれぞれ特徴がある(国立民族学博物館の展示より)
見分けられるようになったあなたは、上級者の仲間入り!?
豊年祭の新しいかたち
豊年祭をはじめとする神聖な祭典も、台湾のいち観光コンテンツとして知名度が高い。しかし、動物園の動物をスマホで写真を撮るように表層を眺めているだけでは彼らの真意をはかることは到底叶わない。祭典の本来の意味は、その年の五穀豊穣や祖先へ感謝と祈り、そして部落の一員であることを再確認する重要な場なのである。

花蓮県・簿簿(ポポ)社の豊年祭

台東県・都蘭(ドゥーラン)部落の豊年祭
戦後の同化政策やキリスト教の普及によって祭典への干渉や中断など宗教(特に中国で設立された真イエス教会)と伝統祭事の間で摩擦が生じている地域もある。それでも近年、各地で文化振興活動家を中心に見直しが進み、絶妙なバランスを保ちながら、新しい祭りのかたちを模索し始めている。


台東県・麻荖漏部落(マララウ)部落では豊年祭とは言わず”豊年節”としている
真イエス教会の影響が色濃く根付くこの地域では祖先を祀る「祭」の使用を避け、「節」を使うことで譲歩したかたちを取っている
柳宗悦も高く評価した台湾原住民の工芸
工芸やものづくりも、こうした暮らしの延長線上にある。
竹籐細工や苧麻の服、蕃刀(現在は山刀の呼称が一般的)などの工芸は、装飾品というより、狩りや農作業、祭祀と結びついた生活道具だった。日本民藝運動の柳宗悦や、台湾工芸の父とされる顔水龍がこれらを高く評価したのは、見た目の美しさ以上に、暮らしと精神が深く結びついた造形に惹かれたからだろう。

乾燥させた苧麻

数百年前からずっと受け継がれてきた苧麻布(阿布斯布農傳統服飾工作室にて)
時代を超えても色褪せない力強さが宿っている
近年では、こうした工芸や技術を現代的に解釈し、引き継ごうとする動きが盛んだ。伝統をそのまま再現するのではなく、現在の暮らしや表現と結びつけながら、新しいものづくりとして更新していく。そうした姿勢こそが、台湾原住民族の工芸が過去の遺産ではなく、今も息づく文化であることを示している。
台湾原住民族の手仕事に携わる人たちを取材した記事はこちら
台湾原住民のアートシーン
周縁から、世界へ
先住民アートが近年、世界的に大きな注目を集めている。単なる美的なトレンドではなく、現代社会が抱える問題意識と、先住民の持続可能な価値観や独自文化が再評価されているのだ。「伝統文化」という枠を越え、音楽や映画、現代美術の分野で国際的に注目されるようになってきた。その背景には、西洋中心の価値観を見直し、これまで周縁に置かれてきた人々の視点に光を当てようとする世界的な流れがある。台湾原住民族のアートも、まさにこのムーブメントと共鳴している。
音楽シーン
台湾のグラミー賞とも称される金曲奨において、パイワン族出身の阿爆(アーバオ)やプユマ族の桑布伊(Sangpuy)が最優秀アルバム賞を受賞したことが大きな話題となった。「華語」「台湾語」「客家語」「原住民語」など特定の言語やジャンルで評価を受けるのではなく、ジャンルを横断した表現そのものが評価されたからだ。

パイワン族出身のシンガーソングライター阿爆(アーバオ、写真中央)
台湾東部最大級の台湾原住民フェス『PASIWARI』にて
とりわけ筆者が個人的に強く感じてたのは、ヒップホップジャンルで台湾原住民アーティストたちが今とてもアツいということだ。日本と台湾原住民族のヒップホップアーティストが合作するプロジェクトに携わる機会があり、台湾の音楽フェスにお邪魔した際、その熱量に圧倒されてしまった。アーティストたちにインタビューしてわかったのは、彼らが単に族語とラップを組み合わせて作品をつくっているのではない、ということだった。その背景には、台湾社会のなかで原住民族が経済的に不利な立場に置かれてきた現実や、文化や母語が失われていくことへの危機感がある。そしてそれと同時に、社会への違和感や反発心、そして自分たちのルーツに対する深いリスペクトから母語を学び直し、原住民であることの誇りを音楽として表現することが、彼らの大きな原動力になっている。そうした姿勢を後の世代に示すことで、表現の幅を自ら狭めることなく、ありのままの自分たちを表現できるようになってほしい——あるアーティストはそう語っていた。その言葉に、胸を打たれた。
台湾原住民の音楽シーンについてもっと知りたい方はこちらの記事を合わせて読んでいただきたい。
映画・現代アートシーン
映画の分野では、宜蘭県を舞台にタイヤル族の家族の暮らしを描いた陳潔瑤(チェン・ジエヤオ)監督の『哈勇家(GAGA)』が、2022年の金馬奨(中華圏版アカデミー賞)で最優秀監督賞を受賞した。これは原住民族出身の女性監督として初の快挙であり、彼女の作品は「原住民族映画」という枠を越え、台湾映画の現在地を示すものとして評価されている。

映画『哈勇家(GAGA)』のポスター
タイヤル族特有のコミュニティ概念「GAGA」をテーマにとある家族の波瀾万丈な日々を描く
現代美術の分野でも動きは顕著だ。ドイツ・ドクメンタやヨコハマトリエンナーレ、シドニービエンナーレなど、国際的な美術展に原住民族アーティストが台湾代表として参加するケースが増えている。そこでは、「民族性」を視覚的に消費させる表現ではなく、植民地支配、土地、記憶、言語といったテーマが、現代的な表現として編み直されている。
ここで紹介したい事例が、台東・都蘭(Dulan)部落出身のアミ族アーティスト、希巨・蘇飛(Siki Sufin)である。木彫を中心とした彼の作品は、神話や海、踊りといった部落の記憶を下敷きにしながら、流木など土地由来の素材を用いてつくられてきた。なかでも「高砂義勇軍(台湾原住民で構成された軍隊)」や台湾出身兵士の記憶をテーマにした作品シリーズは、戦争や歴史の忘却と向き合う試みとして国際的に評価され、海外でも展示されているほか、昨年は大阪・国立民族学博物館でも作品が展示された。彼の表現は、原住民族の歴史と文化を社会に問い直すアートとして注目されている。

アミ族出身のアーティスSiki Sufinさん(写真右)
弔われなかった大日本帝国に従軍した高砂義勇軍を、作品を通して弔っているのだと説明するとき、言葉では表しきれない複雑な心境が胸に迫る。日本人である我々は決して無関係ではいられない
このように、現在の原住民族アートは「台湾」という枠を越え、太平洋世界やグローバルな文脈と接続しながら展開している。それは、伝統をそのまま守ることでも、ポップカルチャーに溶け込むことでもない。自分たちの歴史と向き合いながら、世界と対話するための表現を選び取っていく試みなのだ。それは、原住民族が「語られる存在」から、「自分たちの”言葉”で語る存在」へとシフトし始めていることを示唆しているのではないだろうか。
参考文献
・大東和重『台湾の歴史と文化』中公新書
・新井一二三『台湾物語 「麗しの島」の過去・現在・未来』筑摩選書
・栖来ひかり『日台万華鏡 ー台湾ち日本のあいだで考えたー』書肆侃侃房
・国立民族学博物館『季刊民俗学第35巻3号』 一般社団法人 千里文化財団
・国立民族学博物館『季刊民俗学第44巻1号』 一般社団法人 千里文化財団
・カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社『美術手帖7 2024 特集先住民の現代アート』美術出版
・ヨコク研究所『YOKOKU Field Notes #01 台湾・編みなおされるルーツ』コクヨ株式会社
・葉石濤『シラヤ族の末裔 潘銀花』研文出版


