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歴史

もし、わたしが台湾原住民を語るなら(尊厳をめぐる現在地編)

2026.2.1

このメディアを立ち上げた当初、記念すべき1記事目に書いたのが「台湾原住民の基礎を知ろう」という内容だった。あれから3年。ありがたいことに、彼らの部落(集落と同義、社とも言う)を訪ねてフィールドワークをさせてもらい、当事者の方々や研究者に話を聞く機会にも恵まれた。本記事は、過去の入門記事をアップデートするために書こうと試みたものである。過去の記事は文化や基本情報を中心に整理してきたが、呼称をめぐる運動の背景や、歴史・政治的文脈については十分に踏み込めていなかった。

台湾原住民族を語る上で様々な切り口があることに留意しつつ、「もし、わたしが台湾原住民を語るなら」という語り口で記事を3つのテーマに分けている。

気軽に読みたい方には、ライト版の記事を入口としてすすめたい。

なお、本稿では台湾における公式な呼称にならい、基本的に「原住民/原住民族」という表記を用いる。その理由はこちらの記事を一読いただきたい。
執筆にあたり参照した文献については末尾に紹介している。

山積みの課題と向き合い続け、未来を構想する

台湾原住民族をめぐる課題は依然として山積みだ。民主化と制度整備が進んだ現在においても、権利や尊厳をめぐる問いは、いまなお台湾社会のなかに残されている。

象徴的な出来事として挙げられるのが、2016年、蔡英文前総統による原住民族への公式謝罪である(彼女自身、台湾原住民のルーツを持つ)。清朝、日本統治、国民党政権下において原住民族が受けてきた土地収奪や差別政策について、国家として初めて責任を認めたこの謝罪は、台湾の「移行期正義(トランジショナル・ジャスティス)」の文脈において重要な出来事だった。一方で、謝罪が制度的・実質的な回復へどこまで結びついているのかについては、いまも検証が続いている。

土地をめぐる権利の回復

とりわけ土地の自治問題は根深い。狩猟場や漁場、聖地として受け継がれてきた台湾原住民が主張する「伝統領域」は、開発や国有化によって分断されてきた。原住民族基本法により、原住民族の合意と参与が求められるようになったものの、実際の土地返還や自治権の回復にはなお多くの壁がある。

1993年、第3回還我土地運動(土地を返せ運動)のデモ行進の様子(出典:台湾原住民族運動史料彙編(上))

高砂義勇隊と歴史の記憶

歴史の記憶をめぐる問題も避けて通れない。日本統治時代、多くの原住民族の若者が高砂義勇隊として動員され、南方戦線に送られた。戦後、彼らの存在は長らく十分に顧みられず、補償や名誉回復をめぐる議論は近年まで先送りされてきた(日本も加担している)。この問題は、台湾原住民族が複数の植民地支配を経験してきた「多重植民」の歴史を象徴している。

原住民の伝統刀剣「蕃刀」を腰に若い志願兵が動員された(国立台湾史前文化博物館より)

文化と言語をめぐる問題

宗教をめぐる緊張も課題のひとつである。前述したように戦後、キリスト教の布教が急速に広がった結果、信仰は生活を支える一方で、豊年祭をはじめとする伝統儀礼が「異教的」として制限される場面も生まれた。近年では、文化復興の流れのなかで、伝統信仰とキリスト教の共存を模索する動きも見られるが、部落ごとに事情は異なる。

言語と教育の問題も切実だ。族語(彼らは母語という)の消失は、多くの部族に共通する課題であり、台湾では族語能力認証制度の整備や、母語教育の推進が進められている。花蓮の港口部落で取り組まれている〈Tamorak 阿美語共學園(台湾で初めてアミ語のみで授業を行う教育施設)〉のように、地域主導で言語と文化を学び直す実践も生まれている。また、オンラインアミ語辞書「阿美語萌典」のような取り組みは、デジタル技術による言語保存の可能性を示している。

アミ語の授業の様子(台東県・成功鎮・三民国小)

これらの課題に共通しているのは、「原住民族とは誰か」「誰がそれを定義するのか」という問いが、いまも議論され続けているという事実である。制度は整いつつあるが、アイデンティティや尊厳は、法律だけでカバーできるものではない。台湾原住民族の現在地は、過去の辛い記憶を乗り越えながら未来へと視線を向け続ける、その途上にある。

正名運動真っ只中、「原住民族とは誰か」その問いに向き合う当事者たちのことばたちを綴ったインスタレーション(国立台湾史前文化博物館より)

メディアを続ける以上、常に「新しさ」と「信頼性」、そして「おもしろさ」を同時に求められる。その緊張感は正直、執筆のたびに気力をすり減らすものでもある。本稿は、昨年のアーティスト・イン・レジデンスをきっかけに、ずっと書きたいと思い続けてきた記事だ。これまで見えていなかった風景や、新たに得た知識が積み重なり、どこかで一度、言葉として整理せずにはいられなかった。現時点での筆者の知識と経験を総動員した、ひとつの区切りのような内容になっている。結果としてかなりのボリュームになってしまったが、その点はどうかご容赦いただきたい。

最後に本稿を執筆するにあたって参照した文献を紹介したい。いずれも大変素晴らしい内容で台湾原住民族についての理解を深めるだけでなく、台湾を俯瞰的に捉えるための大きな手がかりを与えてくれた。ぜひ一読をおすすめしたい。

参考文献

・大東和重『台湾の歴史と文化』中公新書

・新井一二三『台湾物語 「麗しの島」の過去・現在・未来』筑摩選書

・栖来ひかり『日台万華鏡 ー台湾ち日本のあいだで考えたー』書肆侃侃房

・国立民族学博物館『季刊民俗学第35巻3号』 一般社団法人 千里文化財団

・国立民族学博物館『季刊民俗学第44巻1号』 一般社団法人 千里文化財団

・カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社『美術手帖7 2024 特集先住民の現代アート』美術出版

・ヨコク研究所『YOKOKU Field Notes #01 台湾・編みなおされるルーツ』コクヨ株式会社

・葉石濤『シラヤ族の末裔 潘銀花』研文出版

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